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仙台地方裁判所 平成2年(モ)1572号 決定

原告

阿部宗悦

阿部康則

阿部美紀子

阿部藍

右法定代理人親権者

阿部康則

阿部美紀子

原告

小松弘

小松吉勝

鈴木隆義

平塚伝

阿部貞男

横山昭吾

志村孝治

相原広悦

廣瀬昌三

日下郁郎

原告ら訴訟代理人弁護士

吉田幸彦

鈴木宏一

松倉佳紀

松澤陽明

村上敏郎

武田貴志

馬場亨

角山正

斉藤睦男

舟木友比古

被告

東北電力株式会社

右代表者代表取締役

明間輝行

右訴訟代理人弁護士

杉山克彦

山本孝宏

宇田川昌敏

太田恒久

三島卓郎

中村健

大野藤一

主文

一  被告は、別紙目録記載の各文書を当裁判所に提出せよ。

二  原告らのその余の申立てを却下する。

理由

第一当事者の申立て

原告らの本件申立て及び理由は、別紙の文書提出命令申立書(以下「本件申立書」という。)及び文書提出命令申立補充書に記載のとおりであり、これに対する被告の意見は、別紙意見書に記載のとおりである。

第二当裁判所の判断

一被告の本件各文書の所持の有無

本件申立書第一ないし第三の各一記載の各文書及び本件申立書第四の一2ないし4記載の各文書(以下「本件各文書」という。)については、被告がこれを所持していることは、被告の自認するところに照らし、明らかである。

これに対し、本件申立書第四の一1記載の文書については、被告がこれを所持していることを認めるに足りる証拠はないから、原告の本件申立てのうち右文書の提出を求める部分は、その余の判断をするまでもなく、失当として却下を免れない。

二本件各文書の性質及び記載内容

原告らの本件申立ては、本件各文書が民訴法三一二条三号前段又は後段に該当する文書であるとして、その原本又は控え若しくは写しの提出を求めるものである。そこで、まず、本件各文書の性質及び記載内容について判断する。

1  本件申立書第一の一1ないし4記載の文書について

記録(本件記録、特に被告の意見書、意見書(二)、意見書(三)、同補充書等をいう。以下同じ。)によれば、被告を含む電力会社九社及び日本原子力発電株式会社は、各社の原子力発電所で発生したトラブルについて、類似のトラブルの発生を未然に防止するため、電力中央研究所原子力情報センターを通じ相互に情報交換を行っており、本件申立書第一の一1ないし4記載の各文書は、いずれも右の趣旨に基づき、被告が、本件原子力発電所一号機において生じた機器の不具合について、その事象発生時の状況、原因調査の概要、事象の原因等を記載し、右原子力情報センターに送付したものであることが認められる。

2  本件申立書第二の二1ないし5記載の文書について

(一) 原子炉設置者は、保安規定を定め、原子炉の運転開始前に、主務大臣(発電の用に供する原子炉については原則として通商産業大臣)の認可を受けなければならず(核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以下「規制法」という。)三七条一項)、主務大臣は、保安規定が核燃料物質、核燃料物質によって汚染された物又は原子炉による災害の防止上十分でないと認めるときは、右認可をしてはならないものとされ(同条二項)、また、原子炉設置者及びその従業者は、右保安規定を守らなければならないものとされている(同条四項)。そして、右保安規定の記載事項としては、原子炉施設の保安に関し、保安管理体制、保安教育、運転管理、放射線管理、保守管理、燃料管理、放射性廃棄物管理、非常時の措置、記録等の基本的事項が定められている(実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則―昭和五三年通商産業省令第七七号―一六条)。

記録によれば、本件申立書第二の一1記載の文書は、これらの規定に基づき、本件原子力発電所一号機原子炉施設(以下「本件原子炉施設」という。)について、被告が定め、通商産業大臣の認可を受けた保安規定であることが認められる。

(二) 記録によれば、本件申立書第二の一2記載の文書は、右保安規定の的確な運用に資するため、保安規定の各条項の解釈及び細部取扱いを定めた被告の作成に係る社内規程であることが認められる。

(三) 電気事業者は、電気事業の用に供する電気工作物の工事、維持及び運用に関する保安を確保するため、通商産業省令で定めるところにより、保安規程を定め、事業の開始前に、通商産業大臣に届け出なければならず(電気事業法五二条一項)、通商産業大臣は、電気事業の用に供する電気工作物の工事、維持及び運用に関する保安を確保するため必要があると認めるときは、電気事業者に対し、保安規程を変更すべきことを命ずることができるものとされ(同条三項)、また、電気事業者及びその従業者は、右保安規程を守らなければならないものとされている(同条四項)。そして、右保安規程の記載事項としては、電気工作物の保安に関し、保安管理体制、保安教育、電気工作物の巡視及び点検、電気工作物の運転又は操作、非常時の措置、記録等の基本的事項が定められている(電気事業法施行規則―昭和四〇年通商産業省令第五一号―六〇条)。

記録によれば、本件申立書第二の一3記載の文書は、これらの規定に基づき、本件原子力発電所を含めた電気事業の用に供する被告のすべての電気工作物について、被告が定め、通商産業大臣に届け出た保安規程であることが認められる。

(四) 記録によれば、本件申立書第二の一4記載の文書は、本件原子力発電所一号機原子炉(以下「本件原子炉」という。)の製造企業と被告との間の契約関係に基づき、本件原子炉の運転管理の資料として参考の用に供するため、右製造企業が作成し、被告に交付した資料であることが認められる。

(五) 記録によれば、本件申立書第二の一5記載の文書は、本件原子力発電所の起動・停止、各設備の運転・操作、定期試験、パトロール、警報処理、非常時操作についての具体的手順を定めた被告の作成に係る社内規程であることが認められる。

3  本件申立書第三の一1、2記載の文書について

電気事業者は、電気事業の用に供する電気工作物の設置又は変更の工事であって、通商産業省令で定めるものをしようとするときは、その工事の計画について通商産業大臣の認可を受けなければならず(電気事業法四一条一項)、また、右認可を受けた工事の計画を変更しようとするときも、その変更が通商産業省令で定める軽微なものであるときを除き、通商産業大臣の認可を受けなければならないとされ(同条二項)、その変更が通商産業省令で定める軽微なものであるときは、通商産業省令で定める場合を除き、その工事の計画を変更した後、遅滞なく、その変更した工事の計画を通商産業大臣に届け出なければならないとされている(同条五項)。そして、右認可を受けるための申請書には、工事計画書、工事工程表等を添付しなければならないが、右工事計画書には、炉心の構造、燃料の種類、反射材の種類、組成及び主要寸法、熱遮蔽材の種類及び構造、圧力容器の種類、最高使用圧力、最高使用温度、主要寸法及び材料等、発電所全体の膨大な設備及び機器に関する設計の詳細について記載することとされている(電気事業法施行規則―昭和四〇年通商産業省令第五一号―三二条一項及び二項)。

また、通商産業大臣は、右認可の申請に係る工事の計画が、同法四一条三項各号に適合していると認めるときは、右認可をしなければならないとされている(同条三項)が、同項各号所定の認可基準のうち、二号は、その電気工作物が同法四八条一項の通商産業省令で定める技術基準に適合しないものでないことにつき、審査を行うべきものと定めているところ、右技術基準に関しては、電気工作物が、人体に危害を及ぼし、又は物件に損傷を与えないようにすることが求められており(同法四八条一項及び二項一号)、発電用原子力設備について定められた技術基準においては原子炉の安全性の確保のための各種の設備の設置義務等が定められている(発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令―昭和四〇年通商産業省令第六二号)。

記録によれば、本件申立書第三の一1、2記載の各文書は、これらの規定に基づき、本件原子力発電所一号機及び二号機の設置等の工事について通商産業大臣の認可を受けるため又は通商産業大臣に届け出るため、被告が作成し、通商産業大臣に提出したものであることが認められる。

4  本件申立書第四の一2ないし4記載の文書について

電気事業者は、電気事業の用に供する発電用原子炉及びその附属設備であって、通商産業省令で定めるものについては、通商産業省令で定める時期ごとに、通商産業大臣が行う検査を受けなければならないとされている(電気事業法四七条)。

(一) 記録によれば、本件申立書第四の一3記載の文書は、本件原子力発電所一号機の検査において通商産業大臣から指摘のあった事項に係る被告の講じた措置について、被告が作成し、通商産業大臣に提出したものであることが認められる。

(二) 記録によれば、被告は、通商産業大臣が行う検査とは別に、予防保全と品質保証の観点から自主保安管理の一環として、毎年、一般に約三か月程度にわたって本件原子炉を停止し、各設備につき分解点検や機能検査等多岐にわたる定期検査を行っていること、本件申立書第四の一2記載の文書は、右定期検査の終了した段階で当該定期検査の内容及び結果を集約するため、被告が作成した社内資料であることが認められる。

(三) 記録によれば、本件申立書第四の一4記載の文書は、圧力容器の健全性の評価について、本件原子炉の製造企業等が作成し、被告に提出した資料であることが認められる。

三本件各文書の民訴法三一二条三号前段該当の有無

民訴法三一二条三号前段にいう挙証者の利益のために作成された文書とは、当該文書が挙証者の地位、権利ないし権限を直接証明し又は基礎づけるものであり、かつ、そのことを主たる目的として作成されたものであることを要すると解すべきである。

これを本件各文書についてみると、いずれも原告らの本件原子力発電所の運転差止めを求める権利を直接証明し、又は基礎づけることを目的として作成されたものと認めることはできず、この点についての原告の主張は採用することができない。

四本件各文書の民訴法三一二条三号後段該当の有無

本件各文書が民訴法三一二条三号後段にいう挙証者と所持者との間の法律関係について作成された文書に該当するか否かについて判断する。

1 原告らと被告との間の法律関係の存否及びその内容について

原子炉は、原子核分裂の過程において高エネルギーを放出するウラン等の核燃料物質を燃料として使用する装置であり、その稼働により、内部に人体に有害な多量の放射性物質を発生させるものであって、原子炉を設置しようとする者が原子炉の設置・運転につき所定の技術的能力を欠くとき、又は原子炉施設の安全性が確保されないときは、重大な原子炉事故が起こる可能性があり、事故が起こったときは、当該原子炉施設の従業者やその周辺住民等の生命、身体に対し重大な危害を及ぼし、周辺の環境を放射能によって汚染するなど、深刻な災害を引き起こすおそれがあること、原告らは本件原子力発電所の周辺地域に居住していること、本件原子炉は発電の用に供する原子炉であり(規制法二三条一項一号)、その電気出力は約五二万四〇〇〇キロワットであって、炉心の燃料としてはウランが用いられ、炉心内において毒性の強い核分裂育成物とプルトニウムが生じることは記録上明らかであって、かかる事実に照らすと、原告らは、被告が原子炉の設置・運転につき所定の技術的能力を欠くとき、又は本件原子炉施設の安全性が確保されないとき等に起こり得る事故等による災害により、直接的かつ重大な被害を受けるものと想定される地域内に居住する者というべきである。したがって、原告らには、被告による本件原子炉の設置・運転により、被告が原子炉の設置・運転につき所定の技術的能力を欠くとき、又は本件原子炉施設の安全性が確保されないとき等においては、本件原子力発電所の運転差止めを求める請求権が発生するというべきであり、原告らと被告との間には、右の意味において、民訴法三一二条三号後段所定の法律関係が存するというべきである。

2  本件各文書の作成と右法律関係との関連性について

民訴法三一二条三号後段にいう挙証者と所持者との間の法律関係について作成された文書とは、法律関係それ自体を記載した文書だけではなく、その法律関係の構成要件事実の全部又は一部を記載した文書をも含むものと解すべきである。他方、右規定が単に法律関係を記載した文書と定めるのでなく、「法律関係ニ付キ作成セラレタ」として作成行為に重点を置いて定めていることにかんがみれば、当該文書が、挙証者と所持者との法律関係それ自体又はその法律関係の基礎となり若しくは裏付けとなる事項を明らかにする目的をも有して作成されたものであることが必要であるというべきであって、もっぱら所持者の自己使用のために作成された内部文書やこれに準ずる文書は当たらないものと解すべきである。

①  これを本件各文書についてみれば、本件申立書第二の一2、4及び5、第四の一2及び4記載の各文書は、いずれももっぱら被告の自己使用のために作成された内部文書というべきであって、原告らの本件原子炉の運転差止めを求める権利それ自体又はその権利の基礎となり若しくは裏付けとなる事項を明らかにする目的の下に作成されたものということはできない。

次に、本件申立書第一の一1ないし4記載の各文書は、被告のみならず他の電力会社及び日本原子力発電株式会社による使用をも目的とするものであるが、なお、原子力関係機関相互間の情報交換のための内部資料というにとどまるものであって、原告らの本件原子力発電所の運転差止めを求める権利それ自体又はその権利の基礎となり若しくは裏付けとなる事項を明らかにする目的の下に作成されたものということはできず、この点についての原告の主張は採用することができない。

また、本件申立書第四の一3記載の文書は、本件原子炉の検査において通商産業大臣から指摘があった事項に係る被告の講じた措置について、被告が作成し、通商産業大臣に提出したものであることは、前記(二4)において認定したとおりであるが、右文書は法令の規定により作成を義務付けられたものではなく、本件原子炉の検査の手続過程において被告及び通商産業大臣の便宜のために作成されたものとみるほかないから、なお、原告らの本件原子力発電所の運転差止めを求める権利それ自体又はその権利の基礎となり若しくは裏付けとなる事項を明らかにする目的の下に作成されたものと認めることはできず、この点についての原告の主張も採用の限りでない。

したがって、原告の本件申立てのうち、本件申立書第一の一1ないし4、第二の一2、4及び5、第四の一2ないし4記載の各文書の提出を求める部分は、失当として却下を免れない。

②  しかしながら、本件申立書第二の一1記載の文書について判断すると、右文書は、規制法三七条に基づき、被告が定め、通商産業大臣の認可を受けたものであること、右認可に当たっては、当該保安規定が核燃料物質、核燃料物質によって汚染された物又は原子炉による災害の防止上十分か否かを審査することとされていること(同法三七条二項)、また、当該保安規定は、原子炉設置者及びその従業者に対し拘束力を有するものとされていることは、前記(二2)において認定したとおりである。保安規定認可の基準として、右二項の基準が設けられた趣旨は、右1において判示したとおり、原子炉施設の安全性が確保されないときは、当該原子炉施設の従業者やその周辺住民等の生命、身体に重大な危害を及ぼし、周辺の環境を放射能によって汚染するなど、深刻な災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ、右災害が万が一にも起こらないようにするため、原子炉施設の保安に関し、管理体制の基本的事項につき十分な審査をし、原子炉施設による災害の防止上十分なものとすることを確保しようとした点にあると解される。してみると、右文書は、本件原子炉施設についての被告の保安管理体制が、原子炉施設の周辺住民等の生命、身体に対し重大な危害を及ぼすおそれのあるものでないことを明らかとすることも、その目的の一つとして作成されたものというべきである。

また、右文書中には、本件原子炉施設の保安に関し、保安管理体制、運転管理、燃料管理、放射性廃棄物管理、放射線管理、保守管理、緊急時の措置等の基本的事項が定められていることは前記(二2)において認定したとおりであり、これらの記載は、被告が原子炉の設置・運転につき所定の技術的能力を欠くこと、又は本件原子炉施設の安全性が確保されないことにより、原告らの生命、身体等に対し重大な危害が及ぶおそれがあることを理由として、本件原子力発電所の運転差止めを求めるという原告らの請求にとって、その構成要件事実の一部に該当するということができる。

そうであってみれば、右文書は、民訴法三一二条三号後段の文書に該当するものというべきである。

③  本件申立書第二の一3記載の文書について判断すると、右文書は、電気事業法五二条一項の規定に基づき、被告が定め、通商産業大臣に届け出たものであること、届出を受けた通商産業大臣は、電気事業の用に供する電気工作物の工事、維持及び運用に関する保安を確保するため必要があると認めるときは、電気事業者に対し、保安規程を変更すべきことを命ずることができるものとされていること(同条三項)、また、当該保安規程は、電気事業者及びその従業者に対し拘束力を有するものとされていることは、前記(二2)において認定したとおりである。保安規程につき、届出を受けた通商産業大臣が同条三項に基づいて審査し、必要に応じてその変更命令を発することとされた趣旨は、発電、変電、送電若しくは配電又は電気の使用のために設置する機械、器具、ダム、水路、貯水池、電線路等の電気工作物の安全性が確保されないときは、電気工作物の損壊により電気の供給に支障を及ぼすとともに、周囲の人体に危害を及ぼし、又は物件に損傷を与えるなどの災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ、右災害が万が一にも起こらないようにするため、電気事業の用に供する電気工作物の工事、維持及び運用に関する保安を確保しようとした点にあると解される。してみると、右文書も、また、本件原子炉施設についての被告の保安管理体制が、原子炉施設の周辺住民等の生命、身体に対し重大な危害を及ぼすおそれのあるものでないことを明らかとすることも、その目的の一つとして作成されたものというべきである。

また、右文書中には、本件原子力発電所を含めた電気事業の用に供する被告のすべての電気工作物についての保安管理体制、保安教育、電気工作物の巡視・点検、電気工作物の運転・操作の基本的事項が定められていることは、前記(二2)において認定したとおりであり、これらの記載は、被告が原子炉の設置・運転につき所定の技術的能力を欠くこと、又は本件原子炉施設の安全性が確保されないことにより、原告らの生命、身体等に対し重大な危害が及ぶおそれがあることを理由として、本件原子力発電所の運転差止めを求めるという原告らの請求にとって、その構成要件事実の一部に該当するということができる。

したがって、右文書もまた、民訴法三一二条三号後段の文書に該当するものというべきである。

④  本件申立書第三の一1、2記載の各文書について判断すると、右文書は、電気事業法四一条一項ないし三項の規定に基づき、本件原子力発電所の設置等の工事について通商産業大臣の認可を受けるため又は通商産業大臣に届け出るため、被告が作成し、通商産業大臣に提出したものであること、右認可にあたっては、当該工事の計画が、電気工作物が人体に危害を及ぼし、又は物件に損傷を与えないようにすること(同法四八条二項一号)等を求める技術基準に適合しないものでないことにつき、審査することとされていることは、前記(二3)において認定したとおりである。申請に係る工事計画認可の基準として、右のような基準が設けられた趣旨は、③において判示したとおり、電気工作物の安全性が確保されないときは、その損壊により周囲の人体に危害を及ぼし、又は物件に損傷を与えるなどの災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ、右災害が万が一にも起こらないようにするため、電気事業の用に供する電気工作物の設置又は変更の工事に先立ち、当該電気工作物の位置、構造及び設備等の安全性につき十分な審査をし、通商産業省令で定める技術基準に適合したものであると認められる場合でない限り、通商産業大臣は工事計画認可処分をしてはならないとした点にあると解される。してみると、右文書は、本件原子炉施設の位置、構造及び設備が、原子炉施設の周辺住民等の生命、身体に対し重大な危害を及ぼすおそれのあるものでないことを明らかとすることも、その目的の一つとして作成されたものというべきである。

また、右文書中には、炉心の構造、燃料の種類、反射材の種類、組成及び主要寸法、熱遮蔽材の種類及び構造、圧力容器の種類、最高使用圧力、最高使用温度、主要寸法及び材料等、発電所全体の膨大な設備及び機器に関する設計の詳細が記載されていることは、前記(二3)において認定したとおりであり、これらの記載は、被告が原子炉の設置・運転につき所定の技術的能力を欠くこと、又は本件原子炉施設の安全性が確保されないことにより、原告らの生命、身体等に対し重大な危害が及ぶおそれがあることを理由として、本件原子力発電所の運転差止めを求めるという原告らの請求にとって、その構成要件事実の一部に該当するということができる。

したがって、右文書も、また、民訴法三一二条三号後段の文書に該当するというべきである。

五守秘義務について

被告は、本件申立書第三の一1、2記載の各文書につき、本件原子炉の製造企業の企業機密にわたる事項が多数含まれており、提出命令の要件に関しては第三者の利益をも考慮する必要があり、また、民訴法二八一条の類推適用があるから、被告には提出義務がないと主張する。

なるほど、文書提出義務は裁判の審理に協力すべき公法上の義務であるから、その意味では証言義務と同一の性格を有するものであり、したがって、職務上の秘密に当たる事項について証言拒絶権を認める民訴法二八一条の規定の類推適用があると解すべきことは被告の主張するとおりであるが、右文書のいかなる部分が製造企業の企業秘密にわたる事項に該当するのかについてなんら特定されているとはいえず、仮に一応の特定がされているとしても、企業秘密に当たることについての具体的な理由の明示がなく、提出命令を妨げるべき事情の存在を認めるに足りる証拠はないから、被告の右主張は失当である。

また、被告は、右文書中には本件原子力発電所の防護管理上重要である設備・装置の配置を示す記載があり、この部分が明らかにされることによって、これら設備・装置に対する破壊行為等原子力発電所の防護管理に支障を来し、公共の安全の維持に支障が生ずるおそれがあるから、被告において提出する義務がないと主張する。しかしながら、原告は、外部からの侵入・破壊等の危険を防止するための設備・装置の配置について記載した部分については提出を求めていないことが明らかである(原告の平成三年四月二三日付けの意見書第二の三(3)の末尾参照)から、被告の右主張も採用の限りでない。

六文書提出の必要性について

記録によれば、本件申立書第三の1、2記載の各文書は、本件原子力発電所全体の膨大な設備・機器に関する設計の詳細が記載されており、工事計画の内容について専門的かつ多岐にわたって記載された極めて大部なものであることが認められる。

ところで、本件申立書第三の二記載の文書の趣旨及び同三記載の証すべき事実を総合すると、原告において明らかにしようとする文書の内容は、当該文書のうち、本件原子力発電所一号機又は二号機の各部分の構造、材質、寸法について記載されている部分中に、圧力容器底部等にSUS三〇四が使用されている記載、圧力容器にひび割れを起こしやすい設計構造又は材料の使用がされている記載、格納容器の下部に、再循環ポンプ、再循環系配管、制御棒駆動機構、インコアモニター系配管、配線、ほう酸水注入系配管、給水系配管、主蒸気系配管、これらの隔離弁、自動逃がし弁系配管等圧力容器内につながる配管及び配線が集中している記載が存することであると認められる。

右事実によれば、本件申立書第三の一1、2記載の各文書のすべてについて提出を命ずることは必要ではなく、右文書のうち、一号機及び二号機の各格納容器内部の構造、材質、寸法、取付方法、強度計算の記載がある部分について提出を命ずることをもって、必要かつ十分であるというべきである。

七文書提出命令の申立ての方式について

民訴法三一三条二号が文書提出の申立てに際して「文書ノ趣旨」を明らかにすることを要求するのは、同条一号の「文書ノ表示」を補って提出すべき文書を特定し、文書提出義務の存否の判断を可能にさせるとともに、同条四号の「証スヘキ事実」との関連性を明らかにして、証拠としての必要性の判断ができるようにさせることにあり、また、同条四号が「証スヘキ事実」を明らかにすることを要求するのは、「文書ノ趣旨」と相俟って当該文書の証拠としての必要性の判断を可能にさせるとともに、文書の所持者である相手方が文書提出命令に従わないときに、同法三一六条を適用して、文書に関する申立人の主張を認定、判断する資料として役立たせることにあると解される。

これを本件についてみると、本件申立てに係る文書が特定されていることは被告において争わないところであり、本件申立書第一から第四までの各二の文書の趣旨についての記載は、本件申立てに係る文書と本件申立書第一から第四までの各三記載の証すべき事実との関連性を明らかにしているものと認められ、提出すべき文書の特定と証拠の必要性判断のための資料として要求される「文書ノ趣旨」の表示に欠けるところはないといわなければならない。

また、「証スヘキ事実」についての原告の主張も、文書の趣旨についての右記載と相俟って当該文書の証拠としての必要性を判断するのに十分な立証趣旨の表示であるといい得るのであって、「証スヘキ事実」の表示に欠けるところはないというべきである。

さらに、同法三一六条の適用については、同条によって真実と認め得る原告の主張とは、その文書によって立証しようとする事実についての主張ではなく、提出すべき文書の性質、内容についての主張であるから、文書の趣旨及び証すべき事実の記載が概略的なものであって、提出すべき文書の性質、内容についての具体的主張に乏しい場合には、右規定の適用によって必ずしも要証事実の認定に資する結果を得られないこととなるにすぎないのであって、同法三一六条の適用による実益が十分に生じないからといって、「文書ノ趣旨」及び「証スヘキ事実」の表示が不適法なものということはできない。そうすると、本件文書提出命令の申立ては、その方式に違背する点はなく、適法といわなければならない。

八結論

以上のとおりであって、原告の本件申立てのうち、別紙目録記載の各文書の提出を求める部分は理由があるから認容し、その余の文書については理由がないから却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官塚原朋一 裁判官六車明 裁判官鹿子木康)

別紙目録

1 東北電力株式会社女川原子力発電所一号機(以下「一号機」という。)について核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律三七条に基づき被告が通商産業大臣に申請し同大臣が認可した保安規定又はその写し

2 一号機について電気事業法五二条に基づき被告が通商産業大臣に届け出た保安規程又はその写し

3 一号機及び東北電力株式会社女川原子力発電所二号機(以下「二号機」という。)について電気事業法四一条に基づき被告が通商産業大臣に提出した工事計画認可申請書、工事計画変更認可申請書、工事計画軽微変更届出書及び特殊設計施設認可申請書並びに各添付資料のうち、一号機及び二号機の各格納容器内部の構造、材質、寸法、取付方法及び強度計算について記載した部分の控え又は写し

別紙文書提出命令申立書

第一

一 文書の表示

1 昭和六〇年三月一八日一一時五〇分ころ発生した東北電力株式会社女川原子力発電所一号機(以下、一号機という。)の高圧注水系(HPCI)排気ダイアフラムベント管に生じた蒸気噴出事故(以下、第一の事故という。)及びその補修に関し、被告が作成し財団法人電力中央研究所原子力情報センター(以下、同センターという。)に対して提出した文書並びに添付資料等一切の書類の控えもしくは写し

2 昭和六〇年六月二五日午後四時二分ころ発生した一号機の蒸気加減弁開度位置検出器の故障による原子炉圧力低下スクラム(原子炉緊急停止)事故(以下、第二の事故という。)及びその補修に関し、被告が作成し同センターに対して提出した文書並びに添附資料等一切の書類の控えもしくは写し

3 昭和六一年八月二一日一四時二〇分ころから同月二二日七時一五分にかけて生じた一号機の原子炉再循環ポンプ(A)の速度変動事故(以下、第三の事故という。)及びその補修に関し、被告が作成し同センターに対して提出した文書並びに添付資料等一切の書類の控えもしくは写し

4 平成元年八月二三日夜から同月二四日未明にかけて生じた一号機のタービン蒸気加減弁の開度指示信号の異常変動事故(以下、第四の事故という。)及びその補修に関し、被告が作成し同センターに対し提出した文書並びに添付資料等一切の書類の控えもしくは写し

二 文書の趣旨

(以下の1ないし4は、それぞれ右表示の文書1ないし4に対応する。)

1 第一の事故の発生、事故原因が部品の製造過程において生じていた瑕疵にあること、被告は異常発見後原子炉を稼働させたまま部品交換を施していること等が記載されているものである。

2 第二の事故の発生、事故原因が定期検査の過程で①開度位置検出器を分解点検して再び組立てた際作業員がネジをよく締めなかったこと、②組立て後の点検の際別の作業員がネジの緩みを看過したことにあること等が記載されているものである。

3 第三の事故の発生、事故原因が製造過程における部品のひび割れにあること、被告は二回にわたる異常発生の後も原子炉の運転を続行させた後部品交換を行ったこと等が記載されているものである。

4 第四の事故の発生、四個のタービン蒸気加減弁のうちの一個の開度指示信号に微少な変動が五回にわたって認められたが、被告は約三日間経過した同月二七日午前九時から一号機の出力を一時的に約一三万KW(定格出力の約二五%)に降下させ、開度位置検出器及び制御回路の部品の交換をおこなったこと等が記載されているものである。

三 証すべき事実

一号機においては、製造過程及びその検査において部品の瑕疵が発見されないまま運転が行われていること、人為ミスによる事故発生が不可避的なものであること、被告は異常発生の際原子炉の保守点検による安全確保よりも運転の続行を優先させていることを証する。

四 文書提出義務の原因

(一) 民事訴訟法三一二条三号前段

「文書が挙証者の利益の為に作成せられ」とは、文書が挙証者の法的地位、権利権限を明らかにするものをいい、それが直接挙証者のためのみに作成されたものに限らず、挙証者と所持人その他の者の共同の利益のために作成された場合をも包含し、また、右利益は、挙証者のために間接的であっても密接した利益であれば足りるものと解するのが相当である(福岡高裁昭和五二年七月一三日決定 高民集三〇巻三号一七五頁、同旨大阪高裁昭和五三年五月一七日決定 高民集二一巻二号一八七頁、高松高裁昭和五五年一二月二六日決定訟務月報二七巻八号一五三五頁等)。

右1ないし4の文書には、一号機において発生した前記第一ないし第四の各事故の内容、原因、対策、補修内容等が記載されている。これらの文書が作成され、財団法人電力中央研究所原子力情報センター(電力九社、日本原子力発電(株)及び財団法人電力中央研究所の共同設立)に提出される目的は、原子力発電の安全性の確保、信頼性の向上等を図ることにある。ところで、原告らは、原子力発電の信頼性に疑問を持ち、原発の「安全神話」の非現実性、原発の事故発生の不可避性、事故による生命、身体、環境等にたいする甚大な侵害の危険性等を主張し、妨害予防請求として一号機の運転差止を求めている。このような原告ら(挙証者)の法的地位に鑑みれば、右1ないし4の文書は直接挙証者のためにのみ作成されたものとは言えないとしても、「挙証者と所持人その他の者の共同の利益のために作成された場合」にあたり、また、「挙証者のために間接的であっても密接した利益」が認められるものである。

よって、右1ないし4の文書は、民事訴訟法三一二条三号前段の文書にあたる。

(二) 同法同条同号後段

同号後段により、所持者が提出の義務を負う文書は、当該文書が挙証者と所持人との間の法律関係に基づき作成された文書である必要はなく、文書記載の事項が挙証者と文書の所持者との法律関係に関連があれば足り、第三者との間の法律関係に基づき作成された文書をも含む(浦和地裁昭和四七年一月二七日決定 判例時報六五五号一一頁、同旨高松高裁昭和五〇年七月一七日決定 行集二六巻七・八号八九三頁等)。

被告が一号機を稼働させていることにより、原告ら住民と被告との間に一号機の安全性をめぐって、すなわち原告らの生命、身体あるいは生活・居住の安全に対する妨害予防をめぐる法律関係が発生した(右決定同旨)。ところで、右1ないし4の文書は、一号機において発生した事故の内容、原因、対策、補修等を記載したものであるが、これらの文書は原子力発電の安全性の確保、信頼性の向上等を目的とし、一号機の安全性に関する資料として作成、提出されたものである。

したがって、右1ないし4の文書は、原告らと被告との間の法律関係につき作成せられた文書であるというべきであり、その控えもしくは写しもまた、原本に代わるべきものとして右法律関係につき作成された文書たる性質を失わないものであるから、その所持者である被告にはこれを提出すべき義務がある。

第二

一 文書の表示

1 東北電力株式会社女川原子力発電所一号機(以下、一号機という。)の保安規定(核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律第三七条に基づき被告が通商産業大臣に申請し同大臣が認可したもの)

2 右保安規定運用要綱

3 一号機の保安規程(電気事業法第五二条に基づき被告が通商産業大臣に届出たもの)

4 一号機の運転管理基準

5 一号機のプラント運転手順書

二 文書の趣旨

これらの文書には一号機の運転保守管理の具体的な手順が記載されているが、異常発生の際、ECCS装置を一〇日間止めたまま運転して良いとする等、安全性確保を優先する手順ではなく運転の継続を優先させる手順が記されているものである。

三 証すべき事実

一号機の運転の保守管理において、事故の防止策が不十分であることを証する。

四 文書提出義務の原因

(一) 民事訴訟法三一二条三号前段

右文書もまた、一号機の安全性確保のために作成されたものである。すなわち、右表示1及び3の文書は、災害を防止し原告ら住民の生命、身体等の安全を図るためにその作成が法律上義務付けられたものであり、同2、4、5の各文書は、右1及び3の文書を細則化したものでそれらと不可分一体の関係にあるものである。

その余の主張は、前述の第一、(一)と同旨である。

(二) 同法同条同号後段

右(一)及び前記第一、四、(二)の主張と同旨である。

第三

一 文書の表示

1 東北電力株式会社女川原子力発電所一号機(以下、一号機という。)及び同社同発電所二号機(以下、二号機という。)に関して被告が作成し通商産業大臣に対し提出した各号機の工事計画認可申請書並びに添附資料等一切の書類の控えもしくは写し

2 工事計画変更許可申請書、工事計画軽微変更届出書又は特殊設計施設認可申請書が提出されている場合にはそれらの文書及び一切の添附書類の控えもしくは写し

二 文書の趣旨

これらの文書には、一号機又は二号機の各部分の構造、材質、寸法などが具体的に記載されているが、一号機及び二号機にはその構造、材質、寸法等において、例えば圧力容器底部等に圧力腐蝕割れを起こしやすい材料(SUS304)が使用されていること、圧力容器のアンダークラッドクラッキング(ひび割れ)を起こしやすい材料の使用又は設計構造がとられていること等の工学的な欠陥が認められる記載が存するものである。

三 証すべき事実

一号機及び二号機が放射性物質の流出事故を引き起こす危険性があることを証する。

四 文書提出義務の原因

(一) 民事訴訟法三一二条三号前段

これらの文書は一号機及び二号機の工事計画認可の申請のために作成、提出され、提出を受けた通商産業大臣が原子力発電技術顧問会に諮り、提出された工事計画が省令で定める技術水準に適合するか否か等の審査に付されるものである。右審査は、原子力発電所の工学的見地からの安全性の確保を目的とするものである。

その余の主張は、前記第一、四、(一)と同旨である。

(二) 同法同条同号後段

右(一)及び前記第一、四、(二)の主張と同旨である。

第四

一 文書の表示

1 東北電力株式会社女川原子力発電所一号機(以下、一号機という。)に関して被告が作成し資源エネルギー庁に提出した定期検査成績書及び一切の添附書類の控えもしくは写し

2 同じく定期検査報告書及び一切の添附書類の控えもしくは写し

3 同じく定期検査指摘事項等の措置に関する文書及び一切の添附書類の控えもしくは写し

4 一号機の圧力容器のNDT温度のサーベイランス(監視片)評価を記載した炉材料照射性能の評価に関する文書

二 文書の趣旨

これらの文書には、一号機の圧力容器が相当程度中性子脆化していること、復水器の冷却管等にピンホールが存在していたこと、構造上の欠陥の是正の応急措置のため再循環ポンプの部品交換が行われたこと等が記載されているものである。

三 証すべき事実

一号機の圧力容器が中性子脆化により破壊される危険度が高まっていること、ピンホールによる放射能漏れ事故の危険性が高いこと、再循環系の配管の破断による大事故の発生が間近に迫っていることを証する。

四 文書提出義務の原因

(一) 民事訴訟法三一二条三号前段

定期検査及びNDT温度のサーベイランス評価は、一号機の安全性確保のために行われるものであり、右文書の作成目的も一号機の安全性確保にある。その余の主張は、第一、四、(一)と同旨である。

(二) 同法同条同号後段

右(一)及び前記第一、四、(二)の主張と同旨である。

別紙文書提出命令申立補充書

平成二年一〇月九日付の文書提出命令申立書に以下の点を補充する。

一、第二、「二 文書の趣旨」を次のとおり補充訂正する。

「これらの文書には一号機の運転保守管理の具体的な手順が記載されているが、非常用冷却系、原子炉隔離時冷却系、非常用電源等の重要な工学的安全機器が故障により作動できない状態でも、機器により一〇日もしくは三〇日間原子炉を停止せず運転を継続できること等、安全性確保よりも運転の継続を優先させるような手順が記されているものである。」

二、第三、「二 文書の趣旨」に次のとおり文章を補充する。

「これらの文書には……設計構造がとられていること」の次に、「圧力容器ノズル部の設計が、ECCS作動時の熱応力に符号しない条件設定に基づき為されていること」

との文章を追加する。

三、第四、「二 文書の趣旨」に次のとおり文章を補充する。

「……ピンホールが存在していたこと」の次に、「ピンホールに対する対応策が従前は管を交換する方式だったのに最近は施栓する方式に変更されていること」

との文章を追加する。

別紙意見書

《目次》

一 本件申立の不適法性

(一) 「証すべき事実」との関係

(二) 争いのない事実関係

(三) 不利益の範囲の不明確性

二 本件申立文書に関する提出義務の不存在

(一) 民事訴訟法第三一二条の趣旨

(二) 法律関係の不存在

(三) 法律関係文書の概念

(四) 利益文書の概念

(五) 文書の使用目的

(六) 民事訴訟法第二八一条の類推適用

三 本件申立文書の作成目的、趣旨等と要件の欠缺

(一) 申立第一の文書(トラブル報告関係文書)

(二) 申立第二の文書(保安規定等)

1 申立第二1の文書

2 申立第二2の文書

3 申立第二3の文書

4 申立第二4の文書

5 申立第二5の文書

(三) 申立第三の文書(工事計画認可申請書等)

(四) 申立第四の文書(定期検査成績書等)

四 その他留意されるべき事項

一 本件申立の不適法性

(一) 「証すべき事実」との関係

文書提出命令の申立は、証拠方法としての書証の申出の一方式であるが(民事訴訟法第三一一条)、証拠の申出は要証事実を明示してなされることを要し(同法第二五八条第一項)、かつ、この要証事実と証拠の関係は、これを具体的に明らかにしなければならない(民事訴訟規則第三〇条)。また要証事実の明示は、一定の具体的な事実主張によってしなければならないものであり、要証事実の明示なき証拠申出は、立証すべき具体的事実主張を欠くため、相手方の防御権を侵害するおそれがあり、裁判所も審理の効率(適切・迅速な証拠調べ)を妨げられるほか、当該証拠方法の重要性を判断することもほとんど不可能となる。したがって、こうした要証事実もしくは要証事実と証拠との関係が漠然としており不明確な申出は、証拠申出としてそもそも不適法なものというべきである(最高裁昭和三〇年三月四日判決・最高裁判所裁判集民事一七号五〇七頁、東京高裁昭和四七年五月二二日決定・判例時報六六八号二〇頁、岩松三郎・兼子一法律実務講座民事訴訟編第四巻一六一頁・二八五頁、菊井維大・村松俊夫全訂民事訴訟法Ⅱ四一一頁)。

しかるに、本件文書提出命令の申立(以下、本件申立という)において原告らが「証すべき事実」としている内容は、「人為ミスによる事故発生が不可避的なものであること」(第一の文書)、「事故の防止策が不十分であること」(第二の文書)、「放射性物質の流出事故を引き起こす危険性があること」(第三の文書)、「大事故の発生が間近に迫っていること」(第四の文書)等、いずれも一般的・抽象的な主張であり、要証事実が具体的に明示されているとは到底いえない。加えるに、右主張は本件の本案訴訟において判断されるべき主命題そのものであるが、右主命題は、本件原子力発電所の構造・運転管理等に関する具体的な事実の確定をまって、これを前提に心証によって判断すべきものであり、証拠をもって証すべき対象はあくまでも右の具体的事実(例えば、被告の運転管理のうちのどのような運転管理によって「人為ミス」が起き、事故発生に至るのか、あるいは構造上のどのような欠陥がどのようなメカニズムによって事故発生に至るのか等)であるべきところ、原告らの本件本案訴訟における主張からはこのような具体的事実主張をうかがうことができないばかりでなく、本件申立において「証すべき事実」としている内容にもこうした具体的な記載がなく、提出を求めるそれぞれの文書と「証すべき事実」との関係もきわめて不明確なものとなっている。

したがって、本件申立はこの点において不適法であるといわざるを得ないとともに、「具体的要証事実を主張も明示もしないで文書提出命令を申立てるのは、一般的にいえば、具体的な事実関係がわからないままに訴訟をいわば見切り発車させて、訴訟手続の進行のなかで第三者あるいは相手方に文書を提出させ、その文書のなかから具体的事実を探り出そうとするようなもので、濫訴の弊を免れないであろう。」(池田浩一判例時報六七〇号一三四頁)との批判を甘受しなければならない。

(二) 争いのない事実関係

証拠をもって証すべき対象は、右(一)に述べたような具体的な事実であり、しかもその事実の指摘すなわち主張が行われたうえ、その主張を対立当事者が争う場合に限って証拠調べの対象となるのである(東京高裁前掲昭和四七年五月二二日決定、菊井・村松前掲三五八頁・三六七頁)。

本件申立の第一及び第四の文書については、「文書の趣旨」として記載されている内容が「証すべき事実」であると善解し得る余地があるが、原告らが「文書の趣旨」として記載する内容のうち客観的な事実(評価をまじえない具体的事実)については、後記三、(一)及び(四)に述べるとおり被告はそれ自体を争っていない。

また、第二及び第三の文書についても、原告ら記載の「文書の趣旨」のうち客観的な事実(すなわち、「安全性確保を優先する手順ではなく運転の継続を優先させる手順」「工学的な欠陥が認められる」等原告らによる独自の評価を記載した部分を除いた、当該文書から客観的に認識できる事実)を明確にして本案訴訟において主張するならば、それら客観的事実については被告において争わないこともあり得るのである(なお、例えば圧力容器の材料云々の点については、原告側から未だその具体的主張すらなされていない)。

しかしながら、本件申立においては、「証すべき事実」あるいは「文書の趣旨」が極めて曖昧であることから、当該文書によって証すべき事実が特定されず、そのため、その事実について当事者間において争いがあるのか否かも明らかにすることができないのである。もし、証すべき事実について当事者間に争いがないとすれば、当該文書について証拠調べの必要性はないことになる。本件申立は、証拠調べを要するのか否かについて何ら判断できないものであるから、その点においても不適法である。

(三) 不利益の範囲の不明確性

文書提出命令に対する不提出の効果(民事訴訟法第三一六条)として、「文書ニ関スル相手方ノ主張」を真実と認めるという不利益が与えられるが、右不利益の内容として真実と認められる相手方の主張とは、通説・判例によれば文書の性質・内容についての主張であると解されている(菊井・村松前掲六三〇頁、斎藤秀夫注解民事訴訟法(5)二二四頁、最高裁昭和三一年九月二八日判決・判例タイムズ六三号四七頁)ところ、原告ら記載の「文書の趣旨」には「工学的な欠陥が認められる」(第三の文書)、「構造上の欠陥の是正の応急措置のため」(第四の文書)等当該文書の趣旨とはかけ離れた原告ら独自の評価にわたる記載があり、不提出の効果としての当該文書の「性質・内容」とは認め得ないものが含まれており、当該文書に関する原告らの主張が明確であるとは到底いえない。

なお、不提出の効果を「証すべき事実」として記載されている内容そのものと認めることも許されるとする考え方もないではないが、そのような考え方に立った場合には、具体的事実でない証明主題ないしそれに類することがらを真実と認めることになってしまい、あまりにも被告に過大な不利益を与えることになる(菊井・村松前掲六三一頁)。ちなみに、「もし相手方らが『証すべき事実』として掲げる前記事項が右法条にいう『相手方の主張』となるとすれば、同法条の適用によって前記のとおり証拠上の判断を超えた訴訟の主題に関する判断が法的に認定されるという不合理を招く」ことについては、東京高裁前掲昭和四七年五月二二日決定の指摘するとおりである。

したがって、民事訴訟法第三一六条は、そもそも不利益の範囲が不明確で、その適用範囲が問題となるような申立を予想していないと解すべきであるから、「文書の趣旨」がきわめて不明確であり、「証すべき事実」についても証明主題ないしそれに類することがらを記載しているに過ぎない本件申立は、その点においても不適法といわざるを得ない。

したがって、本件申立は、申立書の記載自体からみても不適法であり、却下を免れないものである。

二 本件申立文書に関する提出義務の不存在

(一) 民事訴訟法第三一二条の趣旨

民事訴訟法第三一二条に規定する文書提出命令制度については、「民事訴訟法が弁論主義を基調とし、証拠方法の提出については随時提出主義をとって、当事者に証拠を提出する自由と提出しない自由とを原則として承認し、文書の提出義務については証人の証人義務のように広く文書の所持者一般に対してかかる義務を課することなく、第三一二条各号所定の場合にのみ文書の所持者がその提出を拒むことを得ないとしているのは、一方において証拠資料の獲得という訴訟上の必要と他方において文書所持者の利益の保護という相反する利益の調和を計る趣旨に出たものである」(東京高裁昭和五一年六月二九日決定・判例時報八二六号三九頁、同旨、東京高裁昭和五三年七月三一日決定・判例時報九〇八号五三頁、東京高裁昭和五九年二月二八日決定・判例タイムズ五二八号一九三頁)と解されているところ、文書提出命令の要件を緩やかに解釈した場合、訴訟による保護の対象が私人的利益に過ぎないにもかかわらず「その訴訟に直接には関係のない第三者の利益や公共の利益のみならず、当事者自身の利益すらも、証拠たる資料の公開(単に法廷が公開されているばかりでなく民事訴訟法第一五一条により何人も訴訟記録の閲覧ができることを注意すべきである)されることにより、不必要に侵害される」おそれが生じたり(東京高裁昭和四三年一一月二九日決定・判例時報五四一号一五頁)、対立当事者が自己の意に反してまでも自己の手中にある書証を相手方のために利用させなければならない義務を負い、もしこの命令に従わない場合は裁判所によって当該文書に関する相手方の主張を真実と認められる危険を負担しなければならなくなるなど、重大な効果が生ずることに鑑み、「係争文書が同条(民事訴訟法第三一二条)所定の要件に該当する以上、その内容が証言拒絶事由にわたるとか、挙証者側にその提出を求める法律上の利益が認められない等特段の事情がない限り、文書の所持者はその提出を免れないが、その反面、同条の規定する文書提出の原因はこれを厳正に解釈すべきものである。」(東京高裁前掲昭和五一年六月二九日決定四〇頁、菊井・村松前掲六一〇頁)とされている。

もっとも、紛争が契約関係のみならず多種多様な範囲において生じる関係から、訴訟手続においても証拠として提出されるべき文書に種々の類型のものがみられ、これらを数多く法廷に顕出し、実体的真実を追求すべしとの解釈態度から、文書提出義務を証人義務と同様に一般義務としてとらえるべきであるとの議論もないわけではないが、民事訴訟法第三一二条が特定の場合にのみ文書提出義務を負わせる旨を規定している以上、このような見解は不当であるといわざるを得ない(同旨、松山恒昭「賃金台帳と文書提出命令の許否(上)」判例タイムズ四三七号四五頁)。

しかるに、原告らは、本件申立の対象としている各文書(以下、本件申立文書という)がいずれも原子力発電の安全性の確保のために作成されたものであり、妨害予防請求として一号機の運転差止を求めている原告ら(挙証者)の法的地位に鑑みれば、民事訴訟法第三一二条第三号前段及び後段の文書に該当する旨の主張をしているけれども、本件申立文書がいずれも同条第三号の文書に該当しないことは、次に述べるとおり明らかである。

(二) 法律関係の不存在

本件申立文書が民事訴訟法第三一二条第三号後段の文書に該当するには、原告らと被告との間に同条に定める「法律関係」が存在しなければならない。けだし、民事訴訟法第三一二条第三号後段の文書たる以上、挙証者と文書所持者との間の「法律関係」について作成されたものである必要があることは同条の規定それ自体によって明らかなところであるし、文書提出命令を求める者が当該訴訟に関しいかなる「法律関係」が存し、その要件事実と右文書とがいかなる関係を有するか具体的に主張する必要があることは異論のないところである(ちなみに、右「法律関係」について、その沿革等から、契約関係に限定して考える学説もあることは留意されて然るべきである。伊藤瑩子「証拠保全手続における診療録提出命令」ジュリスト別冊七六号二二一頁)。

それにもかかわらず、原告らは本件申立において同号後段の提出義務の原因について、「被告が一号機を稼働させていることにより、原告ら住民と被告との間に一号機の安全性をめぐって、すなわち原告らの生命、身体あるいは生活・居住の安全に対する妨害予防をめぐる法律関係が発生した」と主張しているに過ぎないが、右の「妨害予防をめぐる法律関係」と原告らが称しているものは、原告らの本件原子力発電所に対する危惧、懸念に起因する具体性のない事実上の関係に過ぎず、未だ法律関係とはいい得ないものである。ちなみに、原告らの本案におけるこれまでの主張によっても「人格権、環境権に対する違法な侵害の可能性が大であること(相当程度の高度な蓋然性と具体性があること)」(原告準備書面(一)を示す具体的な主張は何らなされていない(原告らは本件原子力発電所についての事故発生の蓋然性等について言及しているけれども、本件原子力発電所のいかなる部分に欠陥があり、あるいは運転管理面のいかなる点に危険があるのか、といったことを特定し、事故発生の蓋然性の程度に結びつけて具体的な主張を行うというようなことをしていない)。

東京高裁前掲昭和四七年五月二二日決定は、原子炉の撤去を請求する訴訟における文書提出命令の申立について、「安全性の有無、または侵害可能性の有無に関する事項はこれを相手方らの主張のとおりに解しても具体性のない事実上の関係であって、未だ法的な関係となる以前のものである。」と判示しているが、本件申立についても同様といわざるを得ない。

前述のとおり、民事訴訟法第三一二条による文書提出命令の制度が、対立する両当事者間の利益の調和をはかるために法が一定の要件を課したものであることに鑑みれば、本件のように単なる事実上の関係あるいは単に両当事者間に訴訟が係属しているに過ぎない関係をもってして提出義務の原因となるべき「法律関係」であるとすることは、同条の解釈としては到底許されないものといわざるを得ない。すなわち、「民訴法三一二条三号後段にいう『法律関係』をもって、当事者間のあらゆる法律関係に関して何等かの意味で関係のあるもの一般を指称するものと解すると、挙証者が、文書の所持者を相手方として訴訟を提起している場合には、当該訴訟で挙証者が文書所持者に対して主張している権利が認められるか否かという法律関係が両者間に必ず存在することになるから、当該文書に挙証者に利害関係のあることが記載されていれば、それだけで、挙証者は常にその提出を求め得ることになり、およそ現行民訴法が予定しているところと異なる結果を生ぜしめることになる。」(大阪高裁昭和五四年九月五日決定・判例時報九四九号六七頁、同旨、東京高裁昭和五八年九月九日決定・訟務月報三〇巻三号五三五頁)のであり、実質的に一般的文書提出義務を認めるのと変わらないこととなり、文書提出義務を特別かつ限定的な義務とする現行法の趣旨(菊井・村松前掲六一〇頁、兼子一条解民事訴訟法上七九三頁、斎藤前掲一九二頁等)とはかけ離れたものになってしまうのである(同旨、時岡泰「文書提出命令の範囲」民事訴訟法の争点二三三頁)。

したがって、原告らと被告との間には民事訴訟法第三一二条第三号後段に規定する「法律関係」はそもそも存しないというべきである。

(三) 法律関係文書の概念

仮りに原告らと被告との間に妨害予防をめぐる法律関係があると仮定してみても、本件申立文書はいずれも民事訴訟法第三一二条第三号後段にいう「法律関係ニ付作成セラレタ」文書にあたらない。

すなわち、「法律関係ニ付作成セラレタ」文書とは、前述の民事訴訟法第三一二条の趣旨や、同条第三号後段の規定が単に法律関係を記載した文書とするのではなく「法律関係ニ付作成セラレタ」として作成行為に重点をおいていることからして、「①挙証者と文書の所持者との間の法律関係自体を記載した文書及びその法律関係の構成要件事実の全部又は一部が記載されている文書であり、②右文書が右法律関係自体の発生・変更・消滅を直接証明し、或いは、右法律関係を前提としてその発生・変更・消滅の基礎となり又はこれを裏付ける事項を明らかにする目的のもとに作成された文書をいうもの」と解せられる(松山恒昭「賃金台帳と文書提出命令の許否(下)」判例タイムズ四三八号五九頁、同旨、菊井・村松前掲六二〇頁、秋山壽延「行政訴訟における文書提出命令」新実務民事訴訟講座9二九九頁、東京高裁昭和五三年一一月二一日決定・判例時報九一四号五九頁)。しかるに、本件申立の第一から第四の文書についてみれば、後記三に述べるとおり、そのいずれもが挙証者(原告ら)と文書の所持者(被告)との間の法律関係自体の発生・変更・消滅を直接証明し、あるいは右法律関係を前提としてその発生・変更・消滅の基礎となりまたはこれを裏づける事項を明らかにする目的のもとに作成された文書でないことは明らかである。

また、「挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された文書とは、これまた右両者間の法的地位を基礎づけるものとして、同両者の直接または間接の干与によって作成されたもの」とする判例(東京高裁前掲昭和四七年五月二二日決定二〇頁)によっても、本件申立文書がその作成にあたり原告らと被告との直接間接の関与によって作成されたものでないことは明らかであり、法律関係文書であるとはいい得ない。

なお原告らは、同号後段の文書は、「当該文書が挙証者と所持人との間の法律関係に基づき作成された文書である必要はなく、文書記載の事項が挙証者と文書の所持者との法律関係に関連があれば足り、第三者との間の法律関係に基づき作成された文書をも含む」と主張しているが、右の主張のように解するときは、法律関係に関連する事項の範囲が不明確となって、文書提出義務を一般義務とすることに帰着し、文理に即して厳格に解釈すべき民事訴訟法第三一二条の趣旨に反することになるから、右の主張は到底認められ得ないものである(時岡前掲二三三頁、伊藤前掲二二二頁)。

(四) 利益文書の概念

原告らは本件申立文書がいずれも民事訴訟法第三一二条第三号前段にも該当するとしているが、同号前段の「挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレ」た文書とは、当該文書が挙証者の地位、権利ないし権限を直接証明しまたは基礎づけるものであり、かつ、そのことを目的として作成されたものであることを要するとするのが通説であり(菊井・村松前掲六一五頁、兼子前掲七九三頁、岩松・兼子前掲二八四頁、斎藤前掲二〇〇頁)、判例である(大阪高裁昭和五三年九月二二日決定・判例時報九一二号四四頁、東京高裁昭和五三年一一月二八日決定・判例時報九一六号二九頁、東京高裁前掲昭和五九年二月二八日決定一九三頁、東京高裁昭和五九年九月一七日決定・判例時報一一三一号八八頁)。具体的には、挙証者を受遺者とする遺言書、挙証者のためにする契約の契約書、挙証者の代理権限を証明する代理委任状、領収書、身分証明書等が例として挙げられている。

しかして、これを本件申立の第一から第四の文書についてみれば、後記三に述べるとおりそのいずれもが原告らの差止請求権の存否を直接証明しまたは基礎づけるものではなく、またそのことを目的として作成された文書でもないことは、明らかである。仮りに、百歩譲ってこれら文書から原告らが何らかの利益を得る可能性があるとしても、それは右文書が存在したことによってたまたま生じた事実上の反射的なものであり、民事訴訟法第三一二条第三号前段の「利益」にあたらないことは明白である。すなわち、「単に文書の記載内容が訴訟上の争点に関連しており、挙証者にとって有利な結果をもたらすであろうとの予想だけではここにいう『利益文書』には当らない」(菊井・村松前掲六一六頁)のである。

原告らの主張のように挙証者の利益を間接的なもので良いとすることは、「要するに、当該文書に挙証者の利益を明らかにすべき事項が記載されていれば、すなわち訴訟における証拠確保の利益を有する文書であれば本号の利益文書になるとすることに帰着し、実質上、一般的文書提出義務を認めるのと同じ結果を招来することとなり解釈論としては無理があるといわざるをえない」(菊井・村松前掲六一七頁)のであって、到底現行法の解釈として認められるものではない(同旨、時岡前掲二三二頁)。

(五) 文書の使用目的

本件申立文書の大部分は、後述のとおり専ら被告の内部的な使用のためもしくは被告と関係諸機関との関係においてのみ使用されるために作成されている内部文書あるいは自己使用文書であり、そのような文書は、もともと学説・判例によって提出を認めることができないとされているものである(菊井・村松前掲六二〇頁、岩松・兼子前掲二八五頁、東京高裁前掲昭和五九年二月二八日決定一九三頁、大阪高裁昭和五九年一一月一二日決定・判例タイムズ五三九号三九〇頁)。

(六) 民事訴訟法第二八一条の類推適用

文書提出義務は、裁判所の審理に協力すべき公法上の義務という点で基本的には証言義務と同一の性格を有するものであるから、文書提出義務についても民事訴訟法第二八一条の類推適用があると解されているところ、本件申立文書に、企業機密に属する事項等が相当数含まれていることは後記三において個別的に指摘するとおりである。

叙上のとおり、本件申立の第一から第四の文書はいずれも民事訴訟法第三一二条第三号の文書にあたらないから、本件申立は却下されて然るべきである。

三 本件申立文書の作成目的、趣旨等と要件の欠缺

本件申立文書につき、個別的かつ具体的に作成目的、趣旨等を明らかにし、かつそれら文書につき被告に提出義務が存しないことを明らかにすれば以下のとおりである。

(一) 申立第一の文書(トラブル報告関係文書)

被告を含む電力会社九社及び日本原子力発電株式会社は、各社の原子力発電所で発生したトラブルについて類似トラブルの発生を未然に防止するため、電力中央研究所原子力情報センターを通じ相互に情報交換を行っており、本件申立第一の四つの文書は、いずれもこの趣旨に基づき被告から原子力情報センター宛に送付されたものである。

したがって、これらの文書はいずれも、原子力関係機関相互間の情報交換のための内部資料であって、前記二、(三)に述べた「①挙証者と文書の所持者との間の法律関係自体を記載した文書及びその法律関係の構成要件事実の全部又は一部が記載されている文書であり、②右法律関係自体の発生・変更・消滅を直接証明し、或いは、右法律関係を前提としてその発生・変更・消滅の基礎となり又はこれを裏付ける事項を明らかにする目的のもとに作成された文書」ではなく、また、二、(四)に述べた「挙証者の地位、権利ないし権限を直接証明しまたは基礎づけるものであり、かつ、そのことを目的として作成された文書」でもないことから、民事訴訟法第三一二条第三号の「法律関係文書」「利益文書」にはあたらない。

また、右文書には、本件原子力発電所において生じた機器の不具合について、その事象発生時の状況、原因調査の概要、事象の原因等が記載されており、原告らは本件申立における「文書の趣旨」として、右各事象の原因、修理状況について記載しているが、そのうち以下のイ、ロ、ハの客観的事実(評価をまじえない具体的事実)については被告もそれ自体を争っていないし、以下のニの事実についても、被告は追って準備書面により主張するが、その客観的事実自体について争うものではない。

イ 申立第一1の文書に関する事実

(イ) 本事象は排気ダイヤフラムの据付時に内部に侵入した異物(砂等)が原因であると推定されたこと。

(ロ) 原子炉の運転中に部品交換を行ったこと。

(以上、被告準備書面(二七))

ロ 申立第一2の文書に関する事実

本事象はタービン蒸気加減弁の開度位置検出器を分解点検して、再び組み立てた際の組み立て不良(ネジのゆるみ)が原因であること。(被告準備書面(一八))

ハ 申立第一3の文書に関する事実

(イ) 本事象はダイオードに製造過程で生じた微細なひび割れが原因であると推定されたこと。

(ロ) 原子炉再循環ポンプの速度が微少変動する事象が数回にわたって発生したこと及び原子炉の運転中に部品交換を行ったこと。

(以上、被告準備書面(二七))

ニ 申立第一4の文書に関する事実

(イ) タービン蒸気加減弁のうち、一個の開度指示信号に微少な変動が五回にわたって認められたこと。

(ロ) 被告が出力を約一三万kwに降下させ、開度位置検出器、接続ケーブル及び制御回路の部品を交換したこと。

しかして、被告が右の各事実を認めていることからすれば、原告らが「証すべき事実」として記載しているところはすべて評価ないし判断に係る問題に過ぎないといわざるを得ない。すなわち、「一号機においては、製造過程及びその検査において部品の瑕疵が発見されないまま運転が行われている」か否かという問題は、右のイ、ハ、ニの各(ロ)の事実から「…部品の瑕疵が発見されないまま運転が行われている」といえるか否かという評価ないし判断の問題に帰することになるし、「人為ミスによる事故発生が不可避的なものである」といえるか否か、また、「被告は異常発生の際原子炉の保守点検による安全確保よりも運転の続行を優先させている」といえるか否かも、右イ、ロ、ハ、ニの各客観的事実を前提にしたまさに評価ないし判断に係る問題であるといわざるを得ない。それゆえ、評価ないし判断の前提となる客観的事実について原被告間に争いがない以上、そもそも右の「証すべき事実」につき証拠調べの必要がないことは前記一、(二)のとおりである。

(二) 申立第二の文書(保安規定等)

1 申立第二1の文書

この文書は、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以下「原子炉等規制法」という)第三七条に基づき被告が定め、主務大臣(通商産業大臣)の認可を受けたものである。

右文書は、本件原子力発電所原子炉施設の保安に関し、保安管理体制、運転管理、燃料管理、放射性廃棄物管理、放射線管理、保守管理、緊急時の措置、教育訓練、記録及び報告の基本的事項を定め、核燃料物質、核燃料物質によって汚染された物または原子炉による災害の防止を図ることを目的として作成されたものであって、前記二、(三)及び(四)で述べたような「法律関係文書」でもなければ「利益文書」でもなく民事訴訟法第三一二条第三号の文書にはあたらないことは、右(一)において申立第一の文書について述べたと同様である。

2 申立第二2の文書

この文書は、被告が保安規定の的確な運用に資するため、保安規定の各条項の解釈及び細部取扱いを定めた社内規程であり、被告内部の自己使用文書に過ぎず、「法律関係文書」でもなければ「利益文書」でもなく民事訴訟法第三一二条第三号の文書にはあたらないことは、右(一)において申立第一の文書について述べたと同様である。

3 申立第二3の文書

この文書は、電気事業法第五二条に基づき被告自らが定め、通商産業大臣に届け出たものである。

右文書は、水力発電所、火力発電所等をも含めた電気事業の用に供する被告のすべての電気工作物についての保安管理体制、保安教育、電気工作物の巡視・点検、電気工作物の運転・操作の基本的な事項について定め、工事・維持及び運用に関する自主的な保安の確保を目的として作成されたものであり、「法律関係文書」でもなければ「利益文書」でもなく民事訴訟法第三一二条第三号の文書にはあたらないことは、右(一)において申立第一の文書について述べたと同様である。

なお、本件原子力発電所原子炉施設の保安に関する基本的な事項については、前述のとおりそのほとんどが原子炉等規制法に基づく保安規定に定められているのである。

4 申立第二4の文書

この文書は、本件原子炉の製造企業と被告との間の契約関係に基づき、右製造企業より右原子炉の運転管理の資料として参考の用に供すべく被告に提出されたものであり、本件原子力発電所の運転に直接使用されている文書ではなく、自己使用文書であり、「法律関係文書」でもなければ「利益文書」でもなく民事訴訟法第三一二条第三号の文書にはあたらないことは、右(一)において申立第一の文書について述べたと同様である。

さらに、右文書には、製造企業の企業機密にわたる事項が含まれており、もとより被告としては提出することのできない性質のものであるが、前記二、(一)のように提出命令の要件に関しては第三者の利益をも考慮する必要があるのであり、また、前記二、(六)のように民事訴訟法第二八一条の類推適用があるのであるから、被告には、その点においても右文書の提出義務が存しないといい得るものである。

5 申立第二5の文書

この文書は、被告が原子力発電所の起動・停止、各設備の運転・操作、定期試験、パトロール、警報処理、非常時操作についての具体的手順を定めた社内規程であり、被告内部の自己使用文書に過ぎず、「法律関係文書」でもなければ「利益文書」でもなく民事訴訟法第三一二条第三号の文書にあたらないことは、右(一)において申立第一の文書について述べたと同様である。

また、右文書中には製造企業の企業機密にわたる事項が記載されており、被告に提出する義務のないことは右4の文書と同様であるほか、同文書中には原子力発電所の防護管理上重要である設備・装置の配置を示す記載があるため、この部分が明らかにされることによってこれら設備・装置に対する破壊行為等原子力発電所の防護管理に支障を来し、公共の安全の維持に支障が生ずるおそれがあるから、この点においても被告にはその提出義務が存しないものである。

(三) 申立第三の文書(工事計画認可申請書等)

本件申立の第三の文書である工事計画認可申請書等は、被告が電気事業法第四一条等の法令に基づき、電気事業の用に供する電気工作物の設置または変更の工事前に、通商産業大臣の認可を受けるためもしくは通商産業大臣に届け出るため作成し、提出したものである(なお、特殊設計施設認可申請書は、省令で定める技術基準に基づき通商産業大臣等の認可を受けるため作成し、提出したものである)。

右の文書は、被告がその事業を推進するための設備を設置するにあたり、行政庁の認可を得、またはこれに届け出るために作成されたものであることは右に述べたとおりであり、「法律関係文書」でもなければ「利益文書」でもなく民事訴訟法第三一二条第三号の文書にはあたらないことは、右(一)において申立第一の文書について述べたと同様である。

また、原告らが本件申立の「文書の趣旨」に記載している構造、材質、寸法については、女川原子力発電所原子炉設置許可申請書にもその概略が記載されているところ、右申請書は公開されており、本件訴訟においても〈書証番号略〉等すでに証拠として提出されているものである。一方、本件申立文書のうちとりわけ工事計画認可申請書、工事計画変更認可申請書(変更「許可」申請書ではなく変更「認可」申請書である)及び工事計画軽微変更届出書は、例えば原子炉本体のうち圧力容器についていえば、圧力容器の種類、最高使用圧力、最高使用温度、主要寸法・材料、構造図、強度計算書等、発電所全体の膨大な設備・機器に関する設計の詳細が記載されている(電気事業法施行規則別表第三参照)ものであり、工事計画の内容について専門的かつ多岐にわたって記載された極めて大部のものであるところ、原告ら記載の「証すべき事実」が概括的・抽象的であることや、原告らが「文書の趣旨」として記載している事項が原告らの主張とどのように結びつくのか何ら明確になっていないことを考えあわせれば、本件申立において原告らの意図するところが単なる資料収集に過ぎず、漠然と主張の手がかりを探し出そうとするものであることは明白である。

さらに、これら文書には、製造企業の企業機密にわたる事項が多数含まれているほか、原子力発電所の防護管理上重要な記載があるから、この点においても被告に提出する義務のないことは前記(二)5の文書と同様である。

(四) 申立第四の文書(定期検査成績書等)

定期検査とは、狭義には電気事業法第四七条に基づいて通商産業大臣が行う検査を意味するが、広義においては、電力会社が予防保全と品質保証の観点から自主保安管理の一環として毎年行っている計画的かつ総合的な点検をも含め総称されているものであり、一般に約三箇月程度にわたって原子炉を停止して各設備につき分解点検や機能検査等多岐にわたって実施されているもので、本件原子力発電所においても、昭和五九年六月の運転開始以来、現在までに六回実施している。

本件申立の「文書の表示」に記載の「定期検査成績書」とは、右の通商産業大臣が行う検査の結果がその基準に合致していることを確認するためのものであり、「定期検査報告書」は定期検査(広義)の終了した段階で当該定期検査の内容及び結果を集約するため被告が作成しているものである。また、「定期検査指摘事項等の措置に関する文書」とは、右の通商産業大臣が行う検査時において指摘があった事項に係る措置について作成しているものである。さらに、「炉材料照射性能の評価に関する文書」とは原告らの記載からは必ずしも定かでないが、被告が圧力容器の健全性を評価している資料を指称していると考えられる。

右に述べた文書の作成目的・内容に鑑みれば、これらはいずれも被告内部の自己使用文書あるいは被告と関係官庁との関係においてのみ使用するべく作成された文書であって、「法律関係文書」でもなければ「利益文書」でもなく、右(一)において申立第一の文書について述べたと同様、民事訴訟法第三一二条第三号の文書に該当しないことは明らかであるし、そもそも原告ら記載の概括的・抽象的な「証すべき事実」との関連でこうした広範囲にわたる定期検査関係の文書をすべて提出するよう求めていることからすれば、これまた原告らの意図するところが単なる資料収集であることは明白である。

加えるに、原告らは本件申立の「文書の趣旨」で、「これらの文書には、一号機の圧力容器が相当程度中性子脆化していること、復水器の冷却管等にピンホールが存在していたこと、構造上の欠陥の是正の応急措置のため再循環ポンプの部品交換が行われたこと等が記載されているものである。」としているが、以下のイ、ロ、ハの客観的事実については被告は争っていない。

イ 金属材料には一般にある温度以下になると延性を失って脆くなる性質があり、右温度を脆性遷移温度というが、この脆性遷移温度は中性子照射によって上昇することが知られており、このため本件原子力発電所においては、原子炉容器(圧力容器)の健全性を確保するために脆性遷移温度の上昇程度が小さい材料を使用し、運転開始後は脆性遷移温度の変化を監視し、原子炉容器の温度をその脆性遷移温度より十分高く維持するよう運転が行われていること。(被告準備書面(五))

(なお、原子炉容器の中性子照射による脆性遷移温度の上昇の程度については、被告は追って書証をもって立証を行う予定である。)

ロ 再循環ポンプの部品交換については、被告は本件原子力発電所において予防保全の観点から二台の再循環ポンプについて、溶接部を有しない一体遠心鋳造型の水中軸受に取り替えていること。(被告準備書面(二七))

ハ 復水器冷却管等のピンホールの存在については、昭和六一年三月三一日から四月一九日の定期検査開始時までの間に、復水器冷却管の一本に小さな孔が生じた事象を指していると思料されるが、この事象が存在したこと。(被告準備書面(二七))

すなわち、原告らは「証すべき事実」として、本件原子炉の危険性が高いこと等を挙げているけれども、そのような主張は右に述べた争いのない事実を前提に、これら事実に対する原告らの独自の評価を記載したに過ぎないものであって、本文書の提出によって何ら明らかになることがらではないから、この点においても原告らの申立が不適法であることは明らかである。

なお、右文書のうち「炉材料照射性能の評価に関する文書」中にも、企業機密にわたる事項が記載されており、その点においても被告にその提出義務が存しないことは右(二)4の文書と同様である。

四 その他留意されるべき事項

原告らは、被告宛文書送付嘱託の申立書(平成二年八月八日付)において、原子力基本法第二条の原子力情報公開の原則に触れているが、右原則は、本件申立に係る民事訴訟法第三一二条とは本来その制度趣旨を異にするものであるところ、原告らの本件文書提出申立は、これまで述べてきたことからも明らかなとおり、その要件を欠くものであるし、また、資料の収集については、制度的に解決がはかられるべき問題であるから、訴訟をその手段とするものであるとすれば、それは本質的に誤りであるといわざるを得ない。

また、前掲の東京高裁昭和四七年五月二二日決定が、「本件本案訴訟は科学上の技術や成果を究明することにあるのではなく具体的な行為の許否を国家権力によって実現することにあるのであるから、本件文書の重要性はその内容が訴訟の攻防上でいかなる意義をもつかにあることになり、そのことは相手方らに止まらず、抗告人にとっても同様なことであり、これが訴訟資料とされないことによる本案訴訟での攻撃防禦上の有利、不利は必ずしも相手方らのみにあるとはかぎらない。他の一般経験則上、科学上、または諸々の間接事実との総合考察上、いわゆる証明責任ないし証明の必要に伴い、却って抗告人こそ、本件文書を訴訟資料として提出しないことによる不利と、そのいうところの企業上の秘密保持との選択を迫られる場合もなしとしないであろう。訴訟手続上の法則はいわば諸刃のやいばともなる普遍的なものであるから、たとえ、近時新たに現れるに至った紛争を対象とする訴訟で科学技術上、時間、場所その他の関係上、重要な資料が入手し難いことがあり得ても、その困難の打開は、訴訟手続の法則を個々の事案ごとに安易に変更、運用することではかるべきではない。」と述べており、また、同じく前掲の東京高裁昭和四三年一一月二九日決定も、「訴訟においては当事者は自己の主張を有利に展開せんとする余り、他人の利益又は公共の利益を顧慮する余裕のない場合もあり得るのであるし、裁判所もまた適正なる判断を追及しようとする熱意のあまり、訟廷に顕出される証拠の豊富ならむことを望み、…法意による証拠に関する制限を越える虞れなしとしない。慎重の上にも慎重に戒心しなければならないことである。」と述べていることは、本件申立につき留意されて然るべきである。

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